知識とは何か

知識を経験と結び付ける そうしていたはずだった たしかに、「抑止」とは、過去のわだかまりから発した問いであったはずだ ならば、何が問題だったのか 経験自体が共感してもらえないのか、あるいは文体、研究として行う限界 言葉を…

「書き方」について

最初は研究者的な論文に、ある種のあこがれを抱いていたのだろう。 ああいう書き方が、すごく格好よく見えたときがあった。 しかし、いわゆる「客観性」とは何かについて、深く考えてみると、正直幻滅するようになった。 自分は客観的…

太宰論の核心

もともと小説が好きではなかったが、作者の生き様が作品にあらわれている小説の方に、関心が向くようになった。 太宰作品はすべて読むつもりだが、なかなか進まない。理解を深めるために、評論や解説書も参考に読んでいる。 最近、東郷…

対象の設定

昔、ドイツの政治学者マックス・ウェーバーの本を、かなり熱心に読んだことがある。私の理解は、次のようなものだったと記憶している。 政治の本質が、利益の対立と調整にあることを踏まえて、対象として取り上げた論文の前提を、抽出し…

自分の道

私は、精神病院で、すべての「信頼」をはがされたと言ってよい。 実は、ゴッホや太宰治が、精神病院に入った経験があることは、退院後しばらくしてから分かったことであった。 これだけは明らかにしておきたいのだが、彼らのようになり…

感覚的なもの

言葉では説明できないものがある。分からない、分からないと言われ続けても、結局、分かる人にだけ、分かったらええやんと割り切れるようになった。 もちろん、文章表現が下手であるというのは、素直に受け入れる必要があるのだろう。し…

苦悩はあるか

自分に問いかけているが、「他者批判」でもある。 昔テレビを見ていたとき、「ヒット・ソングの法則」なるものを解説している番組があった。 その「法則」通りにやって、ヒット・ソングは生まれたのだろうか? 昔、尾崎豊を好きだった…

間接話法

太宰治の語りの魅力は、『人間失格』の大庭葉蔵の手記に象徴されるように、「一人称」にある。葉蔵=作者・太宰とも受け取ることができる構図だ。 他方で、『人間失格』では、「人間」によって葉蔵は相対化されている。読み手は、葉蔵の…

作者が出ているか

今から振り返ってみると、私は、学術論文で自分を表現することなど出来なかったのだと思う。自然科学だけではなく、社会科学においても、「客観性」が求められているのだから、「主観的」に書いてはいけないと指摘されたことがあった。 …