やってらんなくなった時

高校2年間で、一応先輩方の手前、マジメに部活に取り組んだのだ。あれで、マジメかと言われても、あれが限界だったのだ。一応、夏の大会でヒットは打った。自慢ではないが、複数安打だ。ただ、そんな選手は、全国にいくらでもいる。

しかし、2年連続のゼロ封負け。ピークを2年の夏に持っていくように調整し、それを越えて、将来を見据えたとき、先が見えない暗闇。1試合にヒット1本打って、満足顔のやつ。ほとんどエラーなのに、捕球してアウトにすべきだったとも考えないやつ。

弱いチームだが、そのチームを引っ張ってゆくだけの統率力も実力もない。無力感がただよう。どないしようもない。

マジメにやっているのが、アホくさくなるのだ。気力がなくなって、バットを振る気さえ、なくなった。

ところが、そのやる気のない姿勢は、やる気のあるやつからすると、うざいやつなのだ。いてほしくないのだ。本来ならば、そんなやつを押しのけて、試合に出るやつがいないといけないのだ。

だらだらといて、2年生の冬頃には、姿を見せなくなった。「幽霊部員」になる直前のことだったか、今となっては、以下で述べる私の記憶を確かめる術もない。同級生に聞く勇気もない。

練習試合に下位打線で打席に立った私は、明らかに気力ゼロの構えで、一度も振ることなく、四球を選んだ。それが、3回あたりで、わがチームの最初のランナーだった。

リードを取らずに、すぐに交替させられて、ベンチで、当然ながら、監督に怒られた。

私「このままではダメでしょう、このチーム。」お前がダメなのに、その態度か。

監督「お前から、かえていけよ。」チームとその雰囲気を「変えて」いけよ、と。

私は、かえって(帰って)やったのだ、家に。

私は「かえれる」男なんだ!相手チームの一塁手だけが、ダジャレに気づいて、笑っていた。

 このサイトでは、小説や文芸評論を取り上げながら、どうすれば「絶望」から「真実」をつかむことができるのかについて検討していきます。なお、『先導者たち』というブロマガサイトでも、筆者自身の闘病体験を踏まえて、文筆活動を行っています。

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