何ができるか

年始に祖母が来ることになった。かなり介護が必要になっているようだ。これまで一緒に暮したことはない。今回は、寝泊まりはしないが、接する時間は、これまでで一番長くなりそうだ。

介護は、祖母に限ったことではなく、高齢化社会の日本において、全体で考える問題になっている。保険料の問題は、個人だけではなく、社会全体でも負担していかねばならないのだろう。このような一般的な問いかけは、政治政策を専門としてきた者として、これまでも行ってきた。

しかし、年老いた祖母を直接目にしたとき、そうした客観的な問いかけは、「介護疲れ」の人たちよりも、私の対応を良くするものなのだろうか。仮に介護を嫌がる人たちと同じようにするならば、何のための学問であったのか。あるいは、社会科学とは、おのれの日常生活や経験とは、切り離して論ずるべきものなのだろうか。

人は、「死」を前にしたとき、他者からは惨めな姿をさらすことになる。それは、祖母のような高齢者に限らない。私のように、「精神病院」に強制入院させられた者は、人の「極限」について知っているはずだ、否、知っていなければならない。

お金や地位といった着ぐるみがはがされたとき、その人には、何がのこされているのだろう。それは、祖母にしか分からないのだろうが、彼女の立場を我が事のように感じてみよう。客観的に、ではなく。

たとえ、そのような気持ちを、食事などのような形あるものでしか示すことができなくとも、やってみよう。商品でしか示すことのできない愛情なんて、正直に言えば、嫌いだ。声が聞こえてくるよ。「かっこつけた本なんか出しても、そのへんで福袋をあさっている奴らと、お前だってかわんないじゃないか」ってね。

それでも届くといいな。

昔、もう一人の祖母が、脳の手術を受けた後に、車いす生活で、会話することができなくなった。長いこと介護を受けて、死の直前に入った施設では、同じような人たちとともに、幼児のベッドの上に寝かされていた。

それでも、私は今も覚えている。彼女は、私の顔を覚えていた。会話ができるような明確な意識がないのにもかかわらず。だとすれば、届くことを願ってもいいのではないか。

ただ、届こうが届くまいが、やらなければならないという気がしているだけなのかもしれない。今度会う祖母は、私が精神病院に入ったときに、手紙をくれた人だ。あれは、単なるモノではなかった。

時が経つのは恐ろしいもので、精神病院に入れられた時の気持ちを忘れそうになるときがある。せめてもの恩返しをしたい。

 このサイトでは、小説や文芸評論を取り上げながら、どうすれば「絶望」から「真実」をつかむことができるのかについて検討していきます。なお、『先導者たち』というブロマガサイトでも、筆者自身の闘病体験を踏まえて、文筆活動を行っています。

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