再現不可能性

自然科学は、「仮説」と「実験」で成り立っているという解説を読んだことがある。原因と結果に関する仮説は、実験によって「再現」されなければ、証明されたとは言えない。「再現」の目的は、同一条件で、同じ現象が起こることを確認することなのであろう。

一昔前に、理化学研究所のある女性研究者が、世紀の発見をしたと大々的に報じられたが、別の研究者が、その成果を「再現」することができなかった。そのため、彼女の業績は否定されて、責任者が自殺する事態にまでなっていたように記憶している。

それはともかく、私のような社会科学を専門としていた者からすれば、彼女の研究の虚偽を見抜くことができたのは、自然科学の「再現可能性」という点にある。他方で、社会科学が対象としている社会現象は、そもそも「一回性」に特徴があるため、再現不可能なのである。

私が言いたいこととは、社会現象のみならず、自分の独自の経験もまた、その因果関係を証明することなどできない、ということだ。感情的な言い方になってしまうが、どうすれば「客観的」に説明できるのだろうか。はなはだ疑問である。

私は、中学から野球を始めて、高校2年の終わり頃までは、練習に参加していた。正式には、母が部費を払っていたため、めでたく、正真正銘の「幽霊部員」である。経緯に関する詳細は省くが、どうして私はそうなってしまったのかと、心の中で考えていた時期があった。

進学した高校を志望した理由は、中学の野球部の多くの仲間が、その高校を希望していたからだったはずだ。ところが、私が練習に行かなくなった時は、そのような「絆」以上に、個人で勝利をつかむことができるものがあると信じて、別の競技をしようと踏み出していた。

当時を思い起こしてみると、バッティングの調子が良くなく、打順を下げられて、野球の試合が長く感じるほど、嫌気がさしていたように思う。また、行かなくなったきっかけは、練習試合の朝に寝過ごしたことで、自分でも思いがけず、突然やってきたような気もしている。

私が、国際政治の研究をまだ行っていた時、冷戦史家のジョン・ルイス・ギャディスの本を読んだことがある。自分の生活経験を理解するために、彼の方法を用いて、考えてみたことがあった。正確ではないかもしれないが、「反実仮想」を駆使しながら、遠因、中間的要因、直接的要因の3つに分けて考えるというものだったように記憶している。

私は、1・2年の時に、先輩方に混ざって試合に出させてもらっていたのだが、とくに高校2年の夏頃は、奇跡的に調子が良かった。仮に、その時の調子が続いていれば、チームワークを煩わしく思うことなく、野球も嫌いにならずに、続けることができただろうか。

しかし、いくら頭の中で考えてみても、結局、決定的な原因を特定することはできなかった。なぜなら、私が「幽霊部員」になったという出来事は、「再現不可能」だからだ。仮にこうしていたらとか、ああしていたらとか言えば言うほど、当時の自分に「覚悟」がなかったように感じてきてしまう。

「幽霊部員」になったからこそ、今の自分があるのだという気安めも、自分に向けてしないようにしている。あとから無理に“意味づけ”するのは、もうやめよう。当時の私の心が叫んでいて、それを私が聞いていたのだ。お前のなすべきことは何だ、そこにいていいのか、このままだと「敗北者」のままだぞ。

私の経験は、青春真っ只中の「若気の至り」とかいった、未熟な判断の誤りの事例として片付けられるものなのだろうか。「人工知能」(AI)に注目が集まっているようだが、人生の分かれ目において、「科学」に優劣の判定を委ねる方が良いことだと、私には到底思えないのだ。

 このサイトでは、小説や文芸評論を取り上げながら、どうすれば「絶望」から「真実」をつかむことができるのかについて検討していきます。なお、『先導者たち』というブロマガサイトでも、筆者自身の闘病体験を踏まえて、文筆活動を行っています。

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