「恐ろしい様な透視力」
前回は、ゴッホの「創造」の論理に関して、次の点を確認しました。小林秀雄によれば、おのれの「狂気」を直視することは、「合理的(客観的)説明」とは逆なのです。今回は、自分の「狂気」を直視することによって自分の内から出発することを可能にする、という構図を証明します。
さて、以上の構図を証明するために、ゴッホの手紙を確認しておきましょう。「自然が実に美しい近頃、時々、僕は恐ろしい様な透視力に見舞われる。僕はもう自分を意識しない、絵は、まるで夢の中にいる様な具合に、僕の処へやって来る」(小林秀雄『小林秀雄全作品20 ゴッホの手紙』新潮社、2004年、84-85頁)。
なお、この箇所は、別の翻訳書では、次のように訳されています。「自然がこの頃のように素晴らしく美しいと、僕の視覚は時々すごくハッキリする、そうすると知らないあいだに、夢のように絵が自然に出来てしまうのだ」(J. v. ゴッホ-ボンゲル編『ゴッホの手紙(中)』岩波書店、1961年、282頁)。
いずれにしても、以下で証明するように、小林のゴッホ論の核心とは、次のような論理なのです。すなわち、ゴッホは、おのれの「狂気」を直視したために、「恐ろしい様な透視力に見舞われる」と実感できるようになったのだ、と。
実際、小林は、ゴッホがおのれの「狂気」を直視していたと論じた後で、次のように述べています。すなわち、「内に向って目覚めていた同じ精神が、外を見るのです」(小林秀雄『小林秀雄全作品22 近代絵画』新潮社、2004年、302頁)。つまり、ゴッホの「恐ろしい様な透視力」の論理とは、「自分の内」を視てから、次に「自分の外」を視るというものなのです。
現代において高く評価されているゴッホの作品がアルルに移住してから描かれた点に鑑みて、ゴッホが以上のように告白していることは、極めて重要だと言えます。
ゴッホの絵のリアリズム
また、小林秀雄は、ノーベル賞物理学者・湯川秀樹との対談において、次のように述べています。
「芸術家の場合はむしろ逆に観測行為の方をどんどん鈍化していくのです。認識の方を鈍化していくのです。そうするとやはり対象観念がだんだん消えてきて、見ることを見るような境地に行くわけです。そういうふうに、やはり認識の対象と認識の作用とが同じところまで行かないと画家の眼玉というものは完成しないのですよ」(小林秀雄『直観を磨くもの――小林秀雄対話集』新潮文庫、2014年、71頁)。
この言葉は、先ほどの「透視力」の説明と合致しています。要するに、視るという作用をする主体が、自分という対象を視ているということなのです。むしろ、この論理は、次のように言い換える方が正確です。すなわち、内を視る眼で、外を視るのだ、と。
だから、小林によれば、ゴッホは「聞えたがままの声を表現したのです。それが、彼の絵のリアリズムなのです」(小林、前掲『小林秀雄全作品22』、303頁)。「アルルのアトリエで仕事を始めた当時、ゴッホは、写生をしている時に見舞われる『恐ろしい様な透視力』について語っていますが、語られているのは、肉眼というよりも寧ろ心眼でありましょう」(同上、302頁)。
実際、ゴッホは手紙の中で、次のように述べています。「君は、或るオランダの詩人が言った言葉を知っているか、『私は地上の絆以上のもので、この大地に結び附けられている』。これが、苦しみながら、特に、所謂精神病を患いながら、私が経験したことである」(同上)。
要するに、「地上の絆以上のもの」が「彼の心の内部に直覚されている」からこそ、ゴッホは、単に外を眺めるだけでは得られない経験をしたのです。「自然が、こんなに心を緊めつける様な感情に満ちて見えた事は、決して、決してなかった事であった」〔ルビ――緊(し)〕(同上、303頁)。
いずれにしても、次の点は強調してしすぎることはありません。それは、なぜゴッホが「恐ろしい様な透視力」を持つことができたのか、という理由です。その理由とは、ゴッホが、内を視てから外を視た、すなわち、おのれの「狂気」を直視したから、なのです。